すずこうだより2025 2月号 酒・米NO・278 令和7年

すずこうだより2025

2月号 酒・米NO・278 令和7年

新年を迎えたかと思ったらあっという間に1ヶ月が過ぎてしま

いまいた。今年も昨年に続き比較的、暖かい冬のようです。大

寒に入ってもそれほど寒くもなく、春を迎えるのが今年も早そ

うな予報です。札幌では積雪が無く、雪まつりも開催が雪が解

けてしまうのではないかと心配の声が上がっているようです。

今年の全国高校サッカー選手権大会決勝戦は延長の末、決着が

つかずPK戦に突入しました。PK戦でも5人では決着がつかず

9人目まで突入して9対8で決着がつきました。両行のレベル

の高さにおどろかされました。プロでも大きな舞台では失敗す

る選手もいます。観客6万人の前であれだけ堂々としているの

には頭が下がります。延長で勝敗が付かなければ両校優勝の時

代もありましたが、ワールドカップなどは延長で勝敗がつかな

ければPK戦で決めるので、若い世代から世界の流れに慣れてお

く必要があるようです。佐々木朗希選手がメジャーに移籍する

チームがどこかで揺れ動いていましたが、発表されたチームが

ドジャースで3人もの日本人ピッチャーが必要なのかと思いま

す。カネに物を言わせて集めているようで、日本のどこかの球

団のようで何か面白さが欠けます。JR中央線が発表した情報で

は3月15日からグリー車のサービスを開始するそうです。ゆ

ったりシートと対面させられるシートで旅行気分が味わえるよ

うです。それまでは無料でグリー車が乗れるようで人気を集め

ているようです。高尾山に山登りなどに行く方は帰りにグリー

車に乗れれば疲れを癒してくれることでしょう。令和7年分の

年金額が1.9%上がるようですが物価高騰で焼け石に水のよう

で10%ぐらい上がらないと対応ができないのが現実なのです。

国民年金ですとアルバイトでもしないと生活が出来ないレベル

ですので、長年、国にだまされた感じは怒りがあると思います。

 

酒屋の雑学132

アイゼンハワーが作戦を考えた時飲んだ酒は?

史上最大の作戦、あの有名なノルマンディー上陸作戦を指揮

した総司令官だった当時のアイゼンハワー氏は、重大な責任

を背負っていました。連合軍によるノルマンディー上陸作戦

です。史上最大の作戦と言われたこの戦略を練っていた時、

アイゼンハワーはある酒を飲んでいたことで有名です。

史上最大の作戦を練りながら彼が飲んでいた酒はバーボン

ウイスキーではなく、スコッチウイスキーのシーバスリー

ガルを飲んで作戦を練っていたようです。一見アルコールを

飲みながら何かを考えるとダメなイメージですが、頭が冴え

てあのような作戦を考えついたようです。映画なども作られ

てテレビでも幾度ともなく、再放映さました。後にアメリカ

大統領にまで上りつめました。     

 

     

梅干しの歴史

梅干しの歴史は古く3000年前ぐらい前に中国に存在して

いたようです。最初は薬物、漢方薬として使われていました。

中国から日本に初めて梅が輸入されたのが1500年ぐらい

前のようで、梅の花木として入るより先に烏梅(うばい)と

いう漢方薬として輸入されていました。烏梅は梅の実を(青

梅)を燻製・乾燥させたもので、その名の通りまるで烏の様

に真っ黒な見た目です。現在でも実際に使用されている漢方

薬です。その後に梅の木が輸入されてきますが、日本では梅

の実よりも先に梅の花が浸透していきました。奈良時代に生

まれた和歌集の万葉集には、梅の花を題材にした和歌が多く

載っています。そして平安時代になると、梅に実が活用され

るようになっていきました。日本最古の医学書では「医心方」

には、当時の梅干し(梅の塩漬け)が薬として使われていた

ことが記載されています。また、平安時代に在位していた

村上天皇は病気治癒のために梅干しと昆布を入れたお茶を飲

用して治癒したと言われています。そのころから、梅の実は

効能が高く良いものだと知られるようになっていきました。

なお、村上天皇が治癒した年が「申年」だったことから「申

年に収穫された梅の実は特に良いものである」と現代でも言

い伝えられているようです。鎌倉時代になると、梅干しは僧

侶間で酒のつまみとして食べられるようになりました。その

後、将軍や御家人といった要人の間でも浸透していきました。

その後、室町時代になると武士の間で栄養食として重宝され

るようになり、戦場でも保存がきき手軽に栄養補給が可能、

という健康面の理由で、まだまだ薬に寄った存在でした。そ

してこのことがきっかけで需要が高まり、全国で梅の木の栽

培が始まったとも言われています。そしてようやく江戸時代

になると、庶民の間でも梅干しが食べられるようになります。

梅の塩漬けから始まり、しそ漬け、砂糖漬けなど、漬け方に

も特徴が出るようになります。食べ物として浸透すると同時

に、学術が発展して梅が持つ効用が広く知られるようになっ

ていきます。江戸時代には海外からコレラが持ち込まれて伝

染病として猛威を振るいましたが、当時の人々は梅干しを治

療薬として活用していました。梅干しが持つ酸による殺菌作

用で効果が表れ、コレラ終息に一役買ったと言われています。

そのご、戦時下では再び戦場食として使われるようになり、

梅の需要が増加、米の育たないような痩せた土地で梅の木を

植樹するなどで、日本全土において栽培面積がどんどん増え

ていきました。昭和に入ると戦後に、梅の効用が再注目され

たことで再び栽培が増加しました。そして梅干しを初めとす

る加工食品の製造はもちろん、梅の持つ効用の詳細な研究や、

日常生活に取り入れるための研究が進み、現在は色々な商品

が出回っています。高級品と知られる紀州南高梅の産地、和

歌山県みなべ町周辺は、江戸時代痩せた土地が影響して米が

育たず年貢を納めることに苦労していました。当時の藩主が

山に生息するやぶ梅の育成を指示したお掛けで一大梅の産地

なって行ったようです。

 

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